歌舞伎の演目として有名な「勧進帳」というお話があります。
源頼朝の怒りを買った源義経一行が、山伏の姿に扮して奥州に逃げようとするその途中、加賀の国 安宅の関で、関所の役人富樫に問い質され、あやうく正体を見破られそうになります。
弁慶が機転を利かせて、無事に安宅の関を通り抜ける物語ですが、義経と弁慶の主従の絆の強さが深く描かれています。
この物語の途中、富樫に問い質された弁慶は、東大寺再建のための勧進(かんじん)を行なっていると答えます。それならば勧進帳を持っているはずと詰め寄られ、弁慶はたまたま持っていた巻物をあたかも勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げます。
この勧進帳に書かれている「勧進」こそ、東大寺再建のための活動であり、重源上人は、大勧進職という勧進を行う責任者でした。
すなわち、源義経が弁慶らとともに安宅の関を通る頃、この徳地では、重源上人が指揮を取り、東大寺再建のための木を伐っていたといえるのです。